核融合燃料「トリチウム」の製造・管理と日本の化学メーカーの役割
核融合発電を実現するためには、燃料となるトリチウム(三重水素)の安定供給が不可欠です。しかし、トリチウムは自然界に極めて微量しか存在せず、現在は主に原子力発電所の重水炉副産物として生産されています。核融合の商用化には、炉内でトリチウムを「自己増殖」させる技術が必要とされており、この分野で日本の化学・素材企業が重要な役割を担っています。
トリチウムとは何か?
トリチウム(T、または³H)は水素の放射性同位体で、半減期は約12.3年です。核融合反応では重水素(D)とトリチウム(T)を融合させることでヘリウムと高エネルギー中性子を生成し、膨大なエネルギーを得ます(D-T反応)。
トリチウムの特徴は以下の通りです。
- 放射線:β線(エネルギーが低く、紙一枚で遮蔽できる)のみを放出
- 希少性:世界の現存量は数キログラム程度とされる
- 自己増殖の必要性:核融合炉では、生成された中性子をリチウムに当ててトリチウムを製造するブランケットが必要
トリチウム増殖ブランケットとリチウム化合物
核融合炉の「ブランケット」は、炉内で発生する14 MeVの高エネルギー中性子をリチウム化合物に照射し、トリチウムを生成する構造物です。現在、トリチウム増殖材として有力視されているのがチタン酸リチウム(Li₂TiO₃)とリチウムオルソシリケート(Li₄SiO₄)などのセラミックスペブル(微小球)です。
日本では、核融合科学研究所(NIFS)や量子科学技術研究開発機構(QST)との連携のもと、日本原子力研究開発機構(JAEA)が中心となってトリチウム増殖材の開発を進めています。化学企業としては、リチウム化合物の高純度化・成形技術を持つセラミック系素材メーカーが参画しており、日本ファインセラミクスや東ソー(ジルコニアなどセラミックス事業に強み)などが関連技術を持つ企業として注目されています。
またブランケット材料は増殖材だけでなく、中性子を増倍する「増倍材」も必要です。青森県三沢市のスタートアップMiRESSOは2025年4月、定常運転型核融合炉の実現を目指すHelical Fusionと、増倍材候補となる希少金属「ベリリウム」に関する業務提携を開始しており、増殖・増倍の両面で日本企業の関与が広がっています。
リチウム6濃縮という「隠れたボトルネック」
トリチウム増殖の効率は、リチウムに含まれる同位体リチウム6(⁶Li)の濃度に大きく左右されます。天然リチウム中の⁶Li存在比はわずか約7.5%ですが、実用的な増殖効率を得るには⁶Liの濃度を60〜90%程度まで高める「リチウム同位体濃縮」が必要とされ、これが核融合商用化における最大級のボトルネックになり得ると指摘されています。
QST発のスタートアップLiSTie(リスティ)は、独自のイオン伝導体を用いたリチウム分離技術「LiSMIC」を開発しており、微細な結晶格子内をリチウムイオンが移動する際に生じる⁶Liと⁷Liのわずかな速度差を利用し、特殊イオン伝導膜を直列に配置することで濃縮を行う手法に取り組んでいます。海外からの⁶Li輸入が難しくなる中、国産の濃縮技術を確立することは、日本が核融合燃料サプライチェーンで独自性を持つための重要な課題として位置づけられています。
トリチウムの貯蔵・移送と材料技術
トリチウムは水素の同位体であるため、通常の金属材料(ステンレスや鉄)に吸収・透過する性質(水素脆化・水素透過)があります。このため、トリチウムを安全に扱う配管・容器・バルブには、水素透過を抑制する特殊なコーティングや材料選定が必要です。
この分野で注目されるのがアルミナ(Al₂O₃)コーティングやエルビア(Er₂O₃)コーティングなどのセラミックス薄膜技術、そしてフッ素系ポリマー材料を活用したシール・配管技術です。フッ素系材料の分野では、ダイキン工業やAGCが世界的な技術力を持っており、核融合向け応用の可能性が研究されています。
京都大学発のスタートアップ京都フュージョニアリングは、島津製作所と共同でトリチウム環境下での運転を想定したターボ分子ポンプの試作機を開発するなど、燃料サイクル機器の実用化を進めています。同社はカナダ原子力研究所(CNL)と設立した合弁会社「Fusion Fuel Cycles」を通じ、オンタリオ州に世界初となる統合型トリチウム燃料サイクル試験施設「UNITY-2」を建設中で、最大30グラムのトリチウムを実際に循環させて燃料の排出・分離・精製・供給という一連のプロセスを2026年後半から実証する計画です。
福島第一原発のトリチウム水問題との関連
一方、核融合とは異なる文脈ですが、東京電力福島第一原子力発電所のALPS処理水には微量のトリチウムが含まれており、海洋放出に関して国際的な議論が起きました。この問題はトリチウムの分離・除去技術への関心を高めており、核融合研究で培われたトリチウム取り扱い技術の知見が、環境・廃炉分野にも応用される可能性があります。
リチウム資源と日本の化学企業
トリチウム増殖に必要なリチウムは、電気自動車(EV)用リチウムイオン電池の需要急増とも競合する資源です。リチウムの確保は核融合実用化の重要な課題であり、同時に日本の化学メーカーにとっては新たなビジネス機会でもあります。三菱ケミカルグループ・住友化学・旭化成などはリチウムイオン電池関連材料で既に強みを持っており、核融合向けリチウム化合物への展開も視野に入ります。
また、米国の核融合スタートアップCommonwealth Fusion Systems(CFS)は2026年、英国原子力公社(UKAEA)が英政府の2.2億ポンド規模の予算で進める「LIBRTI(Lithium Breeding Tritium Innovation)」プログラムに海外企業として初めて参加すると発表しました。これはブランケット技術を実際の核融合環境に近い条件で検証する国際的な取り組みであり、トリチウム自給自足の実証競争が世界規模で本格化していることを示しています。
まとめ
核融合燃料トリチウムの製造・管理・増殖に関わる技術は、化学・セラミックス・フッ素材料・同位体分離技術など日本の化学企業が強みを持つ分野と深く重なっています。リチウム6濃縮という新たな課題領域でもLiSTieのような国内スタートアップが動き出しており、核融合の商用化というビッグピクチャーを見据えたとき、日本の化学メーカーは燃料サプライチェーンの重要なプレーヤーになり得ます。今後の研究開発動向から目が離せません。
参考:BAUM Consult Japan「D-T核融合発電の商業化の鍵であるリチウム6の濃縮技術に挑む日本企業」/島津製作所「京都フュージョニアリングと共同でターボ分子ポンプ試作機を開発」/World Nuclear News「CFS joins UKAEA’s tritium blanket testing programme」/MiRESSOプレスリリース(2025年4月10日)