核融合発電の実現に向けた研究開発が世界規模で加速しています。太陽と同じ原理でエネルギーを生み出す核融合は、CO₂を排出せず、燃料が事実上無尽蔵という夢のエネルギー源です。しかし、その実現には極めて過酷な環境に耐える「材料技術」が不可欠であり、ここに日本の化学・素材企業が大きく貢献しています。

核融合炉の内部はどれほど過酷か?

核融合炉の中心部では、重水素とトリチウムが融合する際に1億℃以上のプラズマが生じます。これは太陽の中心温度(約1500万℃)をはるかに超える温度です。このプラズマは磁場で閉じ込められていますが、炉内壁(ファーストウォールおよびダイバータ)にはプラズマから放出される強烈な熱・中性子・荷電粒子が絶え間なく降り注ぎます。

具体的な環境条件は以下の通りです。

  • 熱流束:最大20〜30 MW/m²(ダイバータ部、太陽表面の熱流束・約6 MW/m²をはるかに超える)
  • 高エネルギー中性子照射による材料損傷(スウェリングや脆化)
  • プラズマと壁との相互作用による壁材料の侵食・スパッタリング

このような極限環境に耐えられる材料は世界でもごく限られており、現在の主流候補はタングステン(W)炭素繊維強化炭素複合材(C/C複合材)です。

タングステン材料と日本メーカーの強み

タングステンは融点が約3422℃と金属の中で最も高く、スパッタリング率も低いため、核融合炉のダイバータ材料として世界的に採用が進んでいます。ITERのダイバータは、縦横約30×30×10mmの「タングステンモノブロック」を約20万個並べる構造で構成されており、1個でも熱負荷で溶損すれば重大な問題につながる、極めて高い品質要求のある部材です。

日本のA.L.M.T.(旧・東京タングステン、住友電気工業グループ)は、量子科学技術研究開発機構(QST)が実施した高熱負荷試験において、試験対象の中で唯一「割れ」を生じなかったタングステン材料を供給した実績を持ちます。長年の粉末冶金技術に裏付けられた高純度タングステン粉末の均一な粒径制御・焼結技術が、この信頼性を支えています。

また、ダイバータを構成する「外側垂直ターゲット(OVT)」の実機初号機は、三菱重工業とQSTが2020年から開発を進め、2024年7月に実機大モックアップを完成、2025年10月に日本企業のみの技術で実機初号機の製作を完了しました。三菱重工業はQSTから18基のOVT製作を受注しており、2025年度中に順次納入を開始する計画です。日立製作所もQSTと共同でOVTのプロトタイプを開発し、2025年7月にITER機構の認証試験に合格するなど、タングステン部材の量産体制構築で日本企業が世界をリードしています。

C/C複合材:東洋炭素・三菱ケミカルの技術

炭素繊維強化炭素複合材(C/C-composite)は、軽量でありながら2000℃以上の高温環境でも強度を維持できる特殊材料です。核融合炉のファーストウォールやリミター(プラズマ形状制御部材)への応用が検討されており、日本では東洋炭素三菱ケミカルグループ(旧:三菱化学カーボン)がC/C複合材の製造・研究で世界的な存在感を持っています。

東洋炭素は核融合分野向け等方性黒鉛・C/C複合材において、QSTとの共同研究を継続しており、国内の核融合炉実験(JT-60SA)にも材料を供給しています。同社は半導体製造装置向け黒鉛部材の需要拡大を受け、2028年度までに600億円超を投じる増産投資を発表しており、その高純度黒鉛製造技術は核融合炉材料の基盤技術としても位置づけられています。

さらに2026年4月、三菱ケミカルはタングステンに代わる新たな選択肢として、ダイバータ材料向けの新規炭素複合材料の共同研究を開始したと発表しました。中性子照射に伴う脆化やトリチウム保持といったタングステン・従来型C/C複合材双方の課題を克服する次世代材料として注目されています。

JT-60SAプロジェクトと日本の貢献

茨城県那珂市にあるJT-60SA(日欧共同核融合実験装置)は、2023年に初プラズマを達成した世界最大級のトカマク型核融合実験装置です。このプロジェクトでは、炉内構造材料・超伝導コイル材料・炭素系壁材料など多岐にわたる分野で日本の化学・素材企業が部材を供給しており、まさに日本の素材技術の総力が結集した国家プロジェクトです。

新たな潮流:液体金属ダイバータという選択肢

固体材料に代わる革新的なアプローチとして、京都大学発のスタートアップ京都フュージョニアリングは、リチウムや錫などの液体金属をダイバータ表面に流し、熱を連続的に排出する「液体金属ダイバータ」の開発を進めています。固体材料のような照射損傷・スパッタリングによる劣化がなく、消耗品交換の手間を減らせる可能性があることから、世界の民間核融合スタートアップからの引き合いが増えており、同社は京都のパイロットプラント「UNITY」でこの技術の実証を進めています。日本発のこうした周辺技術も、壁材料分野における選択肢を広げる要素として注目されています。

今後の課題と展望

現在の壁材料における最大の課題は中性子照射による材料劣化です。核融合反応で生じる14 MeV高エネルギー中性子は、金属結晶内に多数の欠陥を生じさせ、材料の強度・延性を低下させます(照射脆化)。この問題を解決するための「核融合照射環境下での材料試験」が日本でも進められており、将来の実証炉・商用炉に向けた材料開発が続いています。

日本の化学・素材企業にとって、核融合炉材料は次世代の巨大市場となる可能性を秘めています。1基の核融合商用炉に必要な特殊材料の総額は数千億円規模に達するとも言われており、さらに商用炉が実現すればダイバータのような消耗部材は数年ごとの交換需要が発生し、継続的なアフターマーケットを形成することが期待されています。政府も2025年6月に「フュージョンエネルギー・イノベーション戦略」を改定し、2030年代の発電実証を目指す方針を打ち出しており、タングステン・炭素材料・セラミックス・超伝導材料などの各分野で、日本企業のポジション取りが重要になっています。

まとめ

核融合炉の「壁材料」という非常にニッチに見える分野で、A.L.M.T.・三菱重工業・東洋炭素・三菱ケミカルグループをはじめとする日本の化学・素材企業は世界最先端の技術を持っています。ITER向け実機部品の量産開始や次世代炭素複合材料の開発など、2025〜2026年にかけて具体的な成果が相次いで発表されており、核融合発電の実用化が近づくにつれ、これらの企業の役割はますます大きくなるでしょう。ChemiConnectでは、核融合と化学産業の交差点にある最新動向を引き続きお届けします。

参考:核融合実験炉ITER日本国内機関・QST「ダイバータ」MONOist「三菱重工とQSTが核融合炉『ITER』重要部品の初号機を完成」日立製作所プレスリリース(2025年7月23日)三菱ケミカル「核融合炉ダイバータ材料向け新規炭素複合材料の共同研究を開始」日本経済新聞「東洋炭素、半導体製造で世界の黒子に」