ITER計画を支える日本の化学企業:調達・技術貢献の全貌
フランス南部のカダラッシュで建設が進むITER(国際熱核融合実験炉)は、核融合エネルギーの実現可能性を実証するための史上最大の国際科学プロジェクトです。EU・日本・米国・ロシア・中国・韓国・インドの7極が参加し、総事業費は2兆円を超えるとも言われます。このプロジェクトで日本は約9%の機器調達貢献を担っており、化学・素材メーカーを含む多くの企業が部品・材料の製造に関与しています。2025〜2026年にかけては、日本分担機器の完成・出荷が相次いで報じられており、化学産業にとっても新たなビジネス機会が具体化しつつあります。
ITERとは何か?
ITERは「International Thermonuclear Experimental Reactor(国際熱核融合実験炉)」の略称で、ラテン語で「道」を意味します。目標とする主要性能は以下の通りです。
- 熱核融合出力:500 MW(入力加熱パワー50 MWの10倍)
- プラズマ電流:15 MA(メガアンペア)
- プラズマ体積:840 m³(世界最大規模)
- 核融合燃焼時間:400秒以上の維持を目指す
完成後は、核融合エネルギー増幅率Q値(出力/投入)が10以上という「科学的ブレークイーブン」を大幅に超えた実証を行い、続く商用実証炉(DEMO炉)の設計につなげる計画です。
日本の調達分担と化学・素材企業の役割
国内の調達担当機関である量子科学技術研究開発機構(QST)のもと、日本は以下のような主要機器の製造を担当しています。
| 調達品目 | 関連する日本企業・機関 |
|---|---|
| 超伝導コイル用NbTiストランド・Nb₃Snストランド | 古河電気工業、フジクラ |
| トロイダル磁場(TF)コイルの製造・絶縁材料 | 三菱重工業・三菱電機(コイル製造)、絶縁材料は化学メーカー供給 |
| 高熱負荷部品(ダイバータ)材料 | 東芝エネルギーシステムズ、材料は特殊セラミックス・タングステンメーカー |
| 中性粒子入射加熱装置(NBI) | 三菱電機ほか |
| 遠隔保守装置・ロボット | 三菱重工業ほか |
超伝導コイルの絶縁材料と化学メーカー
ITERの心臓部ともいえる超伝導磁場コイルは、極低温(約4ケルビン=マイナス269℃)で運用されます。コイルの絶縁にはエポキシ樹脂含浸ガラスクロス(G-10・G-11グレード)や極低温環境での信頼性が実証された特殊絶縁材料が用いられています。
日本の化学メーカーでは、三菱ケミカルグループ(エポキシ樹脂・複合材料)、東レ(炭素繊維・ガラスクロス)、日立化成(現:レゾナック)(電気絶縁材料)などがこれらの材料供給に関わる技術を持っています。超伝導コイルは一度組み上げると分解・交換が極めて困難なため、使用する樹脂・絶縁材料には数十年にわたる信頼性が求められます。
2025〜2026年の最新マイルストーンと日本企業の実績
ITER計画では2025年から2026年にかけて、日本企業が製作を担った主要機器の完成・出荷が相次いでいます。
TFコイル全19基の完成(2025年7月1日式典):ITER本体を取り囲む超伝導トロイダル磁場(TF)コイルは全19基(日本9基、欧州10基)で構成されます。日本分担分は三菱重工業・三菱電機が5基、東芝エネルギーシステムズが4基を製作し、2025年7月1日にはカダラッシュで完成披露式典が開催され、当時の文部科学大臣やITER機構長らが出席しました。このコイルの絶縁・含浸には前述のエポキシ樹脂・ガラスクロス技術が生かされています。
ダイバータ「外側垂直ターゲット」実機初号機の完成(2025年10月2日発表):三菱重工業とQSTは、プラズマから飛来する熱・粒子を受け止めるダイバータの構成部品「外側垂直ターゲット」の実機初号機の製作完了を発表しました。1000℃を超える熱負荷に耐えるタングステンモノブロックと冷却管の接合には、高精度な材料接合技術と耐熱コーティング技術が求められます。
初期組立支援タスクの追加受注(2026年6月):QSTはITER機構からの要請を受け、初期組立時に使用する仮設プラグ用の溶接・切断ツールの開発・調達に関する新規タスク取決めを締結しました。日本の実績が評価され、組立工程における役割がさらに拡大しています。
真空容器・シール材料の特殊性
ITER本体の真空容器は、プラズマを閉じ込めつつ外部と完全に隔離するための超高真空環境(10⁻⁷ Pa台)を維持しなければなりません。接合部のシール材料には、金属ガスケットやセラミックスコーティングが使われており、フッ素ゴム(FKM)などの高機能エラストマーも一部で使用されています。ダイキン工業・AGCが強みを持つフッ素系材料はこのような超高真空・耐放射線用途での応用が期待されます。
国内の技術フィードバック:JT-60SAの進展
ITERで培われた技術は、日本国内の核融合実験装置「JT-60SA」(茨城県那珂市)にも還元されています。2025年12月にはQSTと三菱電機が高速プラズマ位置制御コイル(FPPC)2基の完成を発表し、2026年冬ごろから制御性能の検証実験が始まる予定です。ITERで先行検証されるプラズマ制御技術との相互フィードバックは、日本国内の核融合材料・機器サプライヤーにとっても技術蓄積の機会となっています。
GX・国家戦略との関係
政府は2025年6月4日、「フュージョンエネルギー・イノベーション戦略」を改定し、世界に先駆けた2030年代の発電実証を目標に掲げました。経済産業省は令和7年度補正予算でフュージョンエネルギー発電実証推進事業に200億円、3年間の国庫債務負担行為で合計600億円を計上しており、ITERで実績を積んだ企業が国内の実証炉・原型炉プロジェクトのサプライチェーンに参入しやすい環境が整いつつあります。QST試算では原型炉の建設費は最大2兆円規模とされ、化学・素材産業にとっても中長期の大きな市場機会となる見通しです。
まとめ
ITERプロジェクトは、日本の化学・素材・電機メーカーが総力を挙げて取り組む一大国際プロジェクトです。2025〜2026年にはTFコイル全基完成、ダイバータ部品初号機完成、初期組立支援タスクの追加受注と、日本企業の実績が着実に積み上がっています。超伝導コイル絶縁材料・高熱負荷材料・シール材料・真空技術など、あらゆる分野で日本の素材企業の技術が活かされており、国内のフュージョンエネルギー戦略とも連動しながら、将来の商用炉建設に向けた日本の競争力の礎となるでしょう。
参考:QST「国際核融合プロジェクトITERの重要工程における日本の役割を拡大」/MONOist「三菱重工とQSTが核融合炉「ITER」重要部品の初号機を完成」/原子力産業新聞「ITERのTFコイル 日本分担分の製作が完了」/内閣府「フュージョンエネルギー・イノベーション戦略」