化学業界の歴史

石炭化学工業で重要な「乾留」とは

1. 乾留(かんりゅう)とは

乾留(かんりゅう)とは、有機物を空気(酸素)を遮断した状態で加熱し、熱分解によって揮発成分や固体炭素を得る操作です。

特に石炭化学工業で重要な技術です。

酸素がないため燃焼は起こらず、分子構造が熱によって切断され、ガス・液体・固体に分かれます。

  • 温度範囲:通常500〜1,200℃

  • 目的:燃料(コークス、ガス)、化学原料(タール、ベンゼン等)、副産物の回収


2. 石炭乾留の歴史的背景

2.1 初期利用(18〜19世紀)

  • 最初は木材の乾留(木炭製造)が先行して行われており、これを石炭に応用。

  • 18世紀末、英国で都市ガスとして石炭ガスを供給するために乾留が本格化。

2.2 都市ガスとコールタール化学の発展

  • 19世紀、石炭乾留の副産物として石炭ガス(照明用)とコールタールが注目される。

  • コールタールから染料・薬品が製造され、石炭化学工業が拡大。


3. 乾留の原理

3.1 熱分解反応

石炭を加熱すると、複雑な高分子構造が分解して揮発性成分と固体炭素に分かれます。

  1. 低温乾留(500〜700℃)

    • 多くのタールや揮発成分を得られる

    • 木炭や活性炭の製造に近い性質

  2. 高温乾留(900〜1,200℃)

    • コークス製造に適する

    • 揮発成分が少なく、固体炭素率が高い

3.2 酸素遮断の理由

酸素があると燃焼して二酸化炭素や水になり、化学原料が失われるため。
酸素遮断により、燃やさずに成分を分離可能。


4. 乾留炉の種類

4.1 バッチ式(旧式)

  • レトルト炉

    • 鉄や耐火レンガの容器に石炭を入れ、外部から加熱。

    • 操作が単純だが、連続生産に向かない。

4.2 連続式(近代)

  • 水平室式コークス炉

    • 横長の炉室で石炭を加熱し、コークスを定期的に押し出す。

    • 副産物回収装置と連結され、大規模製造が可能。

  • 立て型連続炉

    • 石炭が上から投入され、下に向かって徐々に加熱される。


5. 乾留で得られる主要製品

区分 製品名 主な用途
固体 コークス 高炉の還元材、燃料
液体 コールタール 染料、医薬品、防腐剤、炭素材料
液体 アンモニア水 肥料原料、化学品
気体 石炭ガス 照明、都市ガス
気体 ベンゼン系炭化水素 溶剤、化学原料

6. 現代における乾留の位置づけ

6.1 役割の変化

  • 都市ガスは天然ガスに置き換わったため、石炭ガス生産は縮小。

  • 現在は主に製鉄用コークス製造が中心。

  • コールタールからの化学品生産は依然として重要。

6.2 環境対応

  • 副産物回収と排ガス処理を強化

  • 高効率・低公害型の乾留炉(環境負荷削減)


7. 乾留の意義

  • 資源の最大活用:燃料だけでなく、化学原料としても利用可能。

  • 化学工業の起点:染料・医薬・合成樹脂など近代化学を切り開いた。

  • 持続可能性への再注目:バイオマス乾留やカーボンニュートラル燃料製造にも応用可能。