化学業界の歴史

ビニロン繊維 〜日本発の世界的合成繊維〜

1. 概要

ビニロン(Vinylon)は、ポリビニルアルコール(PVA)を原料とする合成繊維で、耐久性・耐薬品性・吸湿性を兼ね備えた繊維です。
日本で独自に開発され、戦後の繊維産業の発展を象徴する素材のひとつとなりました。

  • 別名:ポリビニルアルコール繊維(PVA繊維)

  • 発祥:日本(京都大学と倉敷レイヨン〈現・クラレ〉による共同研究)

  • 特徴的性質:吸湿性のある合成繊維、耐薬品性、寸法安定性


2. 歴史

2.1 開発の経緯

  • 1930年代:京都大学の桜田一郎・吉田卯三郎両博士がPVA繊維の研究を開始

  • 1939年:PVAから繊維を作る技術を確立

  • 1940年代後半:倉敷レイヨン(現・クラレ)が工業化技術を開発

  • 1950年:世界初のビニロンの商業生産を開始

  • 当時、ナイロンやポリエステルが輸入困難だったため、**「国産合成繊維」**として急速に普及

2.2 社会的背景

  • 戦後復興期、日本は繊維不足のため安価で丈夫な繊維の国産化が必要だった

  • ビニロンは**「国民服」や学生服**に広く使われた

  • 一時は日本の合成繊維市場で大きなシェアを占めたが、後にポリエステルの台頭で衣料用途は減少


3. 製造方法

ビニロンは、**ポリビニルアルコール(PVA)**を原料とし、次の工程で製造されます。

  1. 酢酸ビニルの重合 → ポリ酢酸ビニル(PVAc)を合成

  2. けん化 → PVAcを加水分解してPVAに変換

  3. 紡糸 → PVAを溶液紡糸で繊維状に形成

  4. ホルマール化(アセタール化) → PVA繊維をホルムアルデヒドで処理し、水溶性を除去

  5. 延伸・熱処理 → 強度・耐熱性を付与


4. 特徴

4.1 長所

  • 高強度・高耐久性

  • 吸湿性が高い(綿に近い)

  • 耐薬品性・耐アルカリ性

  • 寸法安定性(縮みにくい)

  • 紫外線や摩耗に強い

4.2 短所

  • 衣料用途ではポリエステルに比べてしわになりやすい

  • 製造コストが比較的高い

  • 高温(200℃以上)で劣化


5. 主な用途

5.1 衣料・生活資材

  • 学生服、作業服(かつては主流)

  • ロープ、網、帆布

  • 不織布(ふとん芯材、フィルター)

5.2 産業資材

  • セメント補強繊維(コンクリートクラック抑制)

  • タイヤコード

  • 高強度ロープ・ネット

5.3 特殊用途

  • 耐アルカリ性を活かしたコンクリート補強材(建設業)

  • 防災関連(耐熱シート、保護ネット)


6. 環境特性

  • 一部グレードは生分解性を持ち、環境負荷低減が可能

  • 水中や土壌で徐々に分解されるため、農業用資材でも利用例あり


7. 市場動向

  • 衣料用途は減少したが、建設・土木・漁業・農業などの産業資材で需要が安定

  • 東南アジア・中国などでは、依然としてビニロンは重要な補強繊維

  • クラレや中国メーカーが世界供給をリード


8. まとめ

ビニロンは、日本で生まれた世界初の工業化PVA繊維であり、かつては衣料から産業資材まで幅広く活躍しました。
現在では衣料用途は限定的ですが、耐薬品性・吸湿性・高強度といった特性から産業資材としての需要は根強く、特にコンクリート補強や漁業資材などで重要な役割を果たしています。

  • 国産技術の象徴的存在

  • 現在はニッチだが高付加価値分野で安定需要

  • 将来的には環境対応型ビニロンへの期待も高い